東京芸術劇場
『カノン』
公演団体
東京芸術劇場
作
野田秀樹
演出
野上絹代
宣伝美術
則武 弥
画
荻野夕奈
写真
井上佐由紀
公演日程
2020年3月2日(月)~3月15日(日)
会場
東京芸術劇場 シアターイースト
コメント
『カノン』の公演中止を告げられたのは劇場入りの2月26日。主な演出はつけ終わり、残すはテクニカルのチェック・修正をしていよいよ本番というところだった。ここ数日のコロナに関する報道を見ていて不安はあったものの、私は主催者ではない。つまり、私には決定権はなく、もし中止と決まれば素直に受け入れる覚悟はしていた。政府から文化イベントの自粛要請が出た日だった。
中止が決まり、劇場からの提案で、当初の初日(3月2日)に記録撮影する運びとなり、それまではキャスト・スタッフと仕事ができることになった。初打合わせから1年半、オーディションも経て丁寧に作り上げた座組みだ。本当にいいチームで、残りわずかでも共に仕事ができることが幸せだった。熱のこもった詰めの作業が続いたが、ふと「これ公開されないんだよな」と我に帰る瞬間もあった。
3月2日。非公開とはいえ、初日で千穐楽なので全体的にかなり力は入っていたが、それでも前日の通し稽古から飛躍的に完成度が上がっていた。覚悟していた中止とは言え、予定通り16回上演されていた先の未来を想像すると簡単に悲しくなったし、帰り道、まだ3月の初めの電車や駅にいつも通り人が溢れているのを見ると「自分たちが中止したところで何が変わるのか」と簡単に怒りが沸いたが、この公演から感染が広がるリスクはないということだけを唯一の救いとした。
のちに、主催の東京芸術劇場とこれまでの話、今後の話をする機会があり、副館長の高萩さんが「NYから電話で野田さんから(感染対策をして)何とか公演できないのか! と怒られました。」と、海外で公演中の『カノン』作者で本公演の企画・提案者でもある野田さんに状況を報告した時のことを教えてくれた。忙しい最中、批判を覚悟で声を上げてくれて、こちらの身を案じて気遣ってくれる先達の存在がありがたくて、また、期待に応えられなかったことが不甲斐なくて涙が出た。
確かに、私たちのやっていることはそれに関わらない人から見れば取るに足らない、なくても問題ない仕事かもしれない。有事の際は真っ先になくなってしまう弱い媒体でもある。9月に日生劇場で久しぶりの劇場公演を無事に終えることができた今でさえ、積み上げたものが途中で目の前から消える事態が三度訪れることを想像して怖くてたまらない。
でも。それでも、作り続ける。取るに足らない行為がこれまで私を救い、たくさんの人を救い、生かし続けてくれたと信じて。
今後も私は舞台芸術とあり続ける。
野上絹代/2020年10月8日
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資料提供
公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場