失われた公演

~平成家族物語~舞台芸術によるまちづくりプロジェクト第2弾
演劇『枇杷の家』

公演団体

公益財団法人東松山文化まちづくり公社

緑川 有

演出

瀬戸山美咲

宣伝美術

株式会社櫻井印刷所

公演日程

2020年3月7日(土)~3月8日(日)

会場

東松山市民文化センターホール

延期公演

2021年8月28日(土)~29日(日)に延期上演予定

コメント

「今回こうして東松山市が戯曲を募るという企画に私自身驚いたのだが、授賞作品を出せたこともさることながら、予想以上に面白い作品が集まったことが嬉しかった。」(「東松山戯曲賞」選定委員長岩松了さんの選評)

一昨年4月に始めた「平成家族物語」舞台芸術によるプロジェクト。その第一弾が戯曲を全国から募集する「東松山戯曲賞」である。三題噺方式で「大都市周辺の街」「家族」「希望」をテーマにした。優秀作を一年目朗読劇、二年目を演劇、三年目を音楽劇として公演するという大きな構想であった。自治体でのこのような事業は、尼崎市の近松賞以外は政令市や道県などにある程度。人口9万人の小さな東松山市の大きな挑戦である。演劇制作は初めてであり、埼玉県の彩の国さいたま芸術劇場から全面的な協力をいただくことになった。さらに、制作過程から上演まで、スタッフや出演者などを多数の市民が担う「市民参加創造事業」とした。

応募は北海道から九州まで20歳代~70歳代と幅広く43作品が集まったが、優秀作に決まった「枇杷の家」は、シェアハウスで暮らす3人のアラ還女性のくっちゃべりと一人の男性が巻き起こす新しい家族のドラマである。なぜ選ばれたか、その理由を再度選定委員長岩松了さんの選評からご紹介したい。「この戯曲の面白みは“うるさく生きている女たち”というところにある。それが逞しくも見えるのだが、当人たちはそれなりに悩んでいる。でもその悩みを作者は遠景で見ているから、喜劇的であり同時に物悲しさを醸し出す。私は敬意をこめてこれを《くっちゃべり芝居》と呼びたいのだが、しゃべる内容はたえず具体的で、人物が受信した自分を取り巻くものへの反応、すなわち人物が受信したことをドラマとみなしており、であるがゆえにこの戯曲は、作者の身勝手な理屈を発信して終わる戯曲とは一線を画している。」

作品が集まるか、優秀作品にふさわしいものがあるか、等々不安の日々を過ごしていたが、これで職員全員やる気全開になった。出演者募集にも地元からの応募が多く、実際に決まった8人のうち、市内及び近隣市町村からが6人となった。加えてピアノ伴奏付きで地域のコーラスグループも出演するなど、所期の目的を充分果たした一年目の舞台となった。

当日は公演後「平成の家族、そして新しい時代」と題するアフタートークショーを開催した。登壇者はこの劇の演出家、原作者、コーディネーターに加え、女性向け週刊誌の編集長、自治体政策の研究者等々でディスカッションを行った。欲張りすぎたきらいはあるが、これも舞台芸術によるまちづくりには不可欠な取組だと考えてのことであった。

翌年度つまり令和元年度は、演劇「枇杷の家」出演者の募集から始まった。夏にオーディションしたが、やはりプロ並みの人たち、個性派ぞろいの役者がそろった。ただ、良い舞台にしたい欲求がより一層高まるにつれ、お金は予算をオーバー。そこで思いついたのがクラウドファンディング。本来事業内容を評価してもらってお金を集めるものだが、結果的には関係者の知り合いにどんどんメールを送り、何とか目標額の175万円に達した。それでも、関係者以外の方に一から説明することによって、自分たちの進めている事業を客観的に見つめ直す契機となり、職員にとっては貴重な体験となった。なお、朗読劇、演劇を通じて、地元合唱団の参加を始め、舞台上の小道具類は、市内の家具店や多くの市民の方々から提供されるなど、市民参加型舞台創造事業としての成果も挙げつつあった。アフターシアター用に、東松山名物の焼鳥と、地元醸造のビールも販売する準備までできていたのであった。ただし、この演劇「枇杷の家」は残念ながら無観客の上演となった。

今年2月27日朝、彩の国さいたま芸術劇場の大稽古場。私は市民文化センター館長・演劇「枇杷の家」プロデューサーとして出演者たちにこう伝えた。『お客様入場なしで上演したい』前日の26日、多数の人が集まる文化イベントについては中止、延期等の要請が政府から発せられた。その後各舞台公演が続々中止、延期に追い込まれていった。

我々も、この流れは抗しきれないとの思いに加え、この「枇杷の家」自体が中高年の女性たちを主人公にしたもので、当然来場されるお客様もこのCOVID-19が重症化しやすい高齢者が多数を占めていたからの決断であった。出演者の皆さんは中止になるのか、演じられないのかと、最悪のことも想定していたようであった。お客様が観てこその演劇だが、それでも舞台で本番が演じられる。そう前向きに受け取っていただいた。公演予定日は3月7日、8日だった。残り10日間ほどの稽古に影響しないか心配だったが、気落ちすることもなく、逆に出演者、スタッフとの結束力は増し、稽古は仕上がっていった。

お客様入場無しの上演も無事終わり、舞台の映像もできあがった。今年度中には上映会を開催する予定である。

3年目の音楽劇「枇杷の家」については、COVID-19の影響を考え、来年8月に公演を延期した。観客の皆さんが心から楽しんでいただけるよう安全な舞台づくりに努めていきたいと思っている。ぜひ東松山まで観劇にお出かけください。

石田義明(公益財団法人東松山文化まちづくり公社理事長)/2020年10月15日

関連リンク

https://theater.pac.or.jp/

資料提供

公益財団法人東松山文化まちづくり公社

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