活字の力
早川 浩(早川書房代表取締役社長)
父・早川清は、1945年8月15日、終戦の日に東京・神田で早川書房を興し、47年に永年の念願であった演劇雑誌『悲劇喜劇』を創刊しました。
50年代に父が仲間と主宰していた戯曲研究会に井上ひさしも籍を置いていました。彼は常々「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く、面白いことを真面目に」という哲学と志を持って創作活動に専念していました。
出版界に身を置く者として、私がコロナ禍で改めて思い起こしたのは、井上ひさしのこの言葉でした。一部の専門家や学者にしかわからない独りよがりの出版ではいけない。万人が理解でき、末永く読み継がれ、先の見えない時代の道標となるような良質な書物を出し続けていかねばならない、と。
弊社では緊急事態宣言が発令された4月にイタリア人作家パオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』を出版し、いち早くインターネットでの全文公開に踏み切りました。
『悲劇喜劇』9月号は「劇場へ行けない コロナ時代の演劇事情」と題する特集を組み、演劇人や評論家、芸術監督から様々な意見が寄せられました。
多くの演劇が上演中止に追い込まれましたが、ハヤカワ演劇文庫でアーサー・ミラー、エドワード・オールビー、ニール・サイモン、トム・ストッパード、別役実、清水邦夫など、国内外の優れた戯曲を居ながらに熟読して、楽しむことができます。
舞台公演の平常な再開はいまだ見通しが立ちませんが、悪疫は必ずや人智で克服できると確信します。活気溢れる舞台で感動できるその日まで、私たちが紡ぐ活字の力で演劇の灯を消すことがないよう、微力ながらお手伝いしたいと願っています。
2020年10月26日
早川書房
https://www.hayakawa-online.co.jp/